石川綜合法律事務所

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石川清隆コラム

整理解雇の4要件と江戸軍学

1.意見書とは

image 弁護士の仕事として、意見書作成というものがあります。ほとんどが顧問会社の人事労務上の法律問題について意見を述べるものです。しかし、まわりまわって手元に来る意見書もあります。顧問先会社から、このような意見書にもとづいて取引先がリストラをやっているが、大丈夫だろうかと言って持ち込まれる「意見書」もあります(詳細は避けます)。
多くは、私ども勉強になるほど素晴らしいものなのですが、時々、かなり「机上の理論」としか思えないものも散見されます。とくに整理解雇についてのものには、「江戸軍学」調のものが混じっていることがあります。

2.「江戸軍学」とは

「城のつくり方図典」(注1)という本を読む機会がありました。著者は建築学科卒業の工学博士、一級建築士、城郭史研究家で、主題の城郭の構造解説は城づくりの知恵と技術を図解入りで解説し、さすがプロと思えるかなり面白い本です。
この本で、著者が度々皮肉を込めて言及するのは、「江戸軍学」です。
この軍学(ぐんがく)は、江戸時代に流行した机上の戦争理論で甲州流、山鹿流など色々流派がありました。其々有名な戦国武将を開祖だとし、江戸時代、長年戦争がなかった武士に実戦経験がない点に着目し、儒学者が「戦争の仕方を教える」というものであったようです。
大風呂敷的な概念が好きで、例えば「堅固三段」とか言って「国堅固、所堅固、城堅固…」とか、分かった風な「城取の極意」などは、具体的内容はいまいち不明です。著者は、「これらの意味がさっぱり分からなくても、心配には及ばない。江戸軍学は哲学であっても、実際に役立つ築城学ではないからだ。」(注2)と結論付けています。実戦に役に立たなくても、太平の世であれば実害がないのですが・・・。
実際に武士が戦闘した幕末には、この軍学は「使えない」ということが実証されたそうです。この軍学に忠実に従って築上された福山城(松前城)は、土方歳三が一日(数時間)で落としたようです。どうも築城を指導した軍学者は、敵は正面から来るという前提で、正面は軍学どおりの「堅固」に造ったようです。しかし裏側は手薄で本丸がむき出しで、狭い濠と塀が一重しかなく、土方歳三は搦め手から攻めて、一日でやすやす落としたそうです。

3.「江戸軍学」調意見書

この手の意見書の結論は、総括的にいうと整理解雇の4要件を抽象的に論じた後に「会社の現状で4要件は満たしており(さすがに「堅固四段」とは書いてありませんが)、整理解雇は所定の退職金を支払えばできる。訴訟でも勝訴できる。解雇者数は10人、100人、1000人でもよい。」と結論付けているものです。
そして、解雇訴訟について、「お味方勝利間違いなし」というだけでなく、退職勧奨による上積み金もいらず「お安くできる」といった構成になっていました。
すなわち解雇だけという単純な手法で、勝訴は約束されたものだとして、しかも費用はそんなに掛からないという、経営側の俗耳をくすぐる内容になっています。
然し、労使関係は時の経過の中で変化していくものであり、また事実として無いことを、訴訟上あると見せかける魔法の言葉はありません。初心者に一般論を教えるゼミの講話等なら実害はないのですが、こんな見解に基づいてリストラをしたとしたら、過大で無駄な労務コストがかかる危険性が高いばかりか、リストラ自体が不真面目なものとみなされかねません。

4.あるゴルフ場の事件

古い判例(注3)ですが、ゴルフ場経営の会社が、経営危機を理由にキャディー制度を廃止し、カートとセルフプレーに切り替えるとしてキャディー全員を整理解雇した事件がありました。
1年半後、裁判所は、会社の収支状況を評価すれば、会社が経営危機下にあったとはいえない、解雇は無効だとして、50人ほどのキャディーの地位確認とバックペイ(1年半の平均賃金総額+賞与)の支払い等を命じました。(1年間のキャディーの総賃金は2億円弱だったようです。)したがって賞与含め約3億近い金額を、営業利益5億3000万円余の会社が、対価たる労務提供(収入たるキャディーフィー)無く支払うということになり、お安くつくことはなかったようです。
当時は、ゴルフキャディーで組織する労働組合で過激な戦術をとるところあり、クラブの有力メンバーが、ティーショットをしようとしている前を、ストライキとか言って組合員らが組合旗を掲げて行進し、クラブ経営側が面目を失う、そして労使関係は険悪になるという悪循環に陥っているところもありました。
すると「あんなキャディーはいらない。解雇で決着をつければ敵は戦意を失う」というような想念に憑りつかれ、解雇してしまえばあとは何とかなるとした例もあったようです。

5.整理解雇とは

「戦争は莫大な浪費である」ということは古来から言われていることであるし、会社の人事上の訴訟についても同じです。特に解雇事件のリスク、コストにはかなり注意しなければなりません。
そもそも、整理解雇は、解雇される従業員に責めに帰すべき理由がない解雇ということです。斜陽化、経営不振などによる企業経営上の十分な必要性に基づいている(第1の要件)解雇だということです。
ここで、経営危機に瀕しての緊急避難型整理解雇と、積極的リストラとしての経営戦略型解雇とでは、後者の方が当然に解雇回避の努力は手厚くなされるべきことになります。解雇が先行するという逆の論理で考えてはいけないことに注意しなければなりません。
よく陥る誤りは、整理解雇が有効であれば、規定による退職金を支払えばよく、加算金を上積みした退職勧奨(第2の要件の重要な要素)よりも、コストがかからない、経営戦略型リストラを、言葉遊びで「経営危機に瀕しての整理解雇」と修飾して、解雇回避の努力は今までで十分だ、解雇する人数が多いほうがコストはかからないという発想をしてはならないということです。
また経営危機に瀕しての整理解雇だから、解雇回避の努力を全くいらないと一概に言えません。大量の人数の解雇は、敗訴した時に、前述の判例のように、それまでの労務提供がないのに、賃金全額を支払うという高コストの結果に終わるからです。
解雇回避のための真摯かつ合理的な努力と認められる施策がなされているか、さらになすべきではないかという検討なくしては、人員削減の手段として整理解雇を選択することの必要性がないということです。逆にいえば使用者は、解雇回避努力義務を負うとされ、配転、出向、一時帰休、希望退職の募集などの他の手段、配転を試みずにいきなり整理解雇した場合は、その解雇は解雇権の濫用とされ無効となる危険性があるということです。

6.まつろわぬ少数組合

だいぶ少なくなりましたが、リストラについて、反対のための反対をする従業員がいて、たいていは少数派の労働組合を組織したりしています。経営側がかなり真摯なリストラを提案しても、これらの傾向的な組合は、経営側を侮辱するような態度で理想論を述べて反対します。すると経営側が陥りやすい罠は、「ついでにこの輩も全員解雇したい」という誘惑に駆られることです。
そのようなことをするとどうなるでしょうか。まず、被解雇者選定の妥当性を欠くことになることに注意すべきです。整理解雇がやむなしと認められる場合にも、使用者は被解雇者の選定については、客観的で合理的な基準を設定し、これを公正に適用して行うことを要します(第3の要件)
いろいろ言ってみても「少数組合潰しを意図している」ようなことが出てきますと、このことは不当労働行為になり、会社のリストラ計画が不当労働行為性を帯びて来ますし、その程度によっては、そもそも経営不振などによる企業経営上の十分な必要性に基づいている(第1の要件)こと自体疑問視されることにもなりかねません。そんな余裕があるなら、なぜ人の首に手を付けるのかというふうに。
そして、第4の要件は、手続の妥当性です。使用者は、労働組合または労働者に対して整理解雇の必要性とその時期・規模・方法について納得を得るために説明を行い、更にそれらの者と誠意をもって協議すべき信義則上の義務を負うとしています。傾向的少数組合員に対しても、それらを尽くしたうえで、人選基準を設定し、これを公正に適用して行うことが必要なのです。

7.訴訟リスク

別に裁判所の悪口を書くのではありません。しかし、判決には「事実誤認」「法令解釈の誤り」がありうることは、これらが上訴する理由となっていることからも明らかでしょう。
また、解雇の理由、正当性の主張立証責任は使用者側にあります。立証がうまくいかないこともあります。
整理解雇については、4つの要件を整理解雇の有効性を判断する4つのポイント(要素)と理解し、整理解雇はそれら要素に関する諸事情の総合的な判断によるとの判断枠組みを採用する裁判例が多いといわれています。すると、経営側が経済的合理性として考えることと司法判断の間に齟齬が生ずる、裁判官の見解により解雇の有効・無効の結論が左右される可能性があります。
前述のゴルフ場の事件は、経営危機に無いというかなり極端なケースですが、例え、もう少し要件が揃っているからといって、50人もの解雇を行うということは、かなりのリスクを伴うという見極めは必要でしょう。
リストラを行う場合には、最終的にそれが訴訟になっても、勝ち抜くだけの準備はかなり真摯なものでなければならず、それなりのコストを考えなければなりません。
整理解雇に関する判例は、「ゴルフのOBゾーンの白杭」に例えて説明することがあります。つまり「そんなところにボールをなんで打つの?」ということです。裁判になり、判決に至る事情は様々で、一概には言えませんが、合理的でよく準備されたリストラは判例をほとんど残しません。訴訟になっても和解で終わることがほとんどです。 「勝兵はまず勝ちてしかる後に戦いを求め、敗兵はまず戦いてしかる後に勝ちを求む。」とはよく言ったものです。(注4) (整理解雇の4要件は注5の文献をみてください。)

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